ビジネスチームの新メンバー②

新メンバーと関わっていく上での僕のゴールは、

彼が僕の代わりに今のビジネスを運営できるようになるスキルを持ってもらうこと。

このブログのテーマでもあるように、

僕は最長でも2年以内に独立するので、立ち上げたビジネスは僕が今所属している会社に残す遺産だと思っている。

今は、僕の専門である、マーケティングとビジネス戦略を武器に、属人的な要素で競争優位を築いている。

しかしながら、僕がいなくなっても、このビジネスが継続していくような仕組みつくりは自分の仕事だと思っている。

ビジネスチームの新メンバー①

ビジネスチームに新しいメンバーが加わった。

今後のアクションプランを共有するために、現状説明から始める。

現代ビジネス理論のフレームワークを用いて、ビジネス戦略という視点からまとめて説明した。

以前、一時アサインされたメンバーに同じことを試みたが、吸収力が低く、説明するより自分でやったほうが効率が良いという判断をして一度はあきらめた方法である。

経過は良好。

彼にとってはなじみの無いはずの知識や概念を注ぎ込む作業にほとんどストレスを感じなかった。説明することを、非常にスムーズに取り込んでいったのである。

根本的な頭のよさを持っているのだろう。今後が楽しみである。

フリーランスになれないかと考えている

雇用されている会社の仕事だけでなく、将来の起業のために時間を使いたくなってきた。

フリーランスの選択肢が無いかと考えている。

実際にパートナーを見つけて起業するまでの間、営業代行や、コンサルタントとしての収入を得る方法が無いかということである。

差別化をはかり、依頼のハードルを低くするために、「成功報酬型」を取ったらどうかなどと思っている。

今までのブログを見ていただいている方の中に、「ちょっと面白そうだから詳しく話しを聞いてみたい」と思った方いらっしゃいませんか?

社内の風あたりが強い

今、社内で僕に対する風あたりが強い。

商品を提供することを最優先にしたことにより、協力してもらった人たちに対するコミュニケーションに時間を裂けなかったためである。

もっと良い方法があった可能性はあるが、あの状況において、各選択肢の良い点、悪い点を天秤にかけた上の意思決定なので、今でも正しい判断だと思ってはいる。しかしながら、さすがに全く違うところでちくちく意地悪いことを言われることは頭が痛い。

この手の反感は静かに水面下で広がっていく。必要以上に火が大きくならないようなデリケートな対応が必要になりそうである。

大切な仲間たち

ビジネススクールの仲間の会合があった。

業界も、年齢もほぼ全員違うにもかかわらず、気を使わずにいらんな話題を楽しく語り合える仲間たちである。

社会人になってから親友は出来にくいという話を聞いたことがある。しかしながら、この仲間たちにあったのはほんの3,4年前なのに、10のうち1か2を話すだけで話が通じてしまうほど気心が知れている。楽しいだけではなく、刺激と元気をもらえた。そんな仲間をもてたことに大きな幸せを感じている。

スキルに見合ったポジション

スキルに見合わないポジションに着いてしまった人は哀れだと思う。

そんな人は、組織に求められているパフォーマンスを発揮させられないばかりか、足をひっぱってしまう結果になる。周りのみんながそれに気づいているにも関わらず、本人だけが「いやいやそんなことはない」と自分のやり方を糖していたりする。

実際、それは別にイレギュラーなことではなく、いろいろなところでごく普通に沢山の会社で起こっているかもしれない。

そういうことが起こらないよう是正するシステムを持っているということだけが、成功する企業の必要十分条件だったりして、、、。

意に沿わない状況が与えてくれたもの

意に沿わないことがあった。

直接、その原因に対処するのではなく、

今あるものをそのまま受け入れた上で対応を考えてみた。すると、より良い対応策が見つかった。

意に沿わなかった事柄が、普通ではたどり着かなかったであろう、アイディアとマインドセットを与えてくれたのである。

今は、如何にそのアイディアを実現させるか、いろいろ考えている。

人間塞翁が馬、である。

偉そうに人の話が聞けないのは弱さの裏返しの場合がある

社歴が長い、実績を高く評価されたことがある、ポジションがあるなどの人が、自分と違う考えをもった人を嫌う場合がある。既得権、権威などを守りたいという防衛本能であるが、その行為は自分に自信が無いときに顕著に現れてくる。

言い負かされてしまう、自分より相手が評価されてしまう、自分が軽んじられる、自分の地位を守りたい、、、。

さまざまな思惑からだが、その対処として、組織のための最適判断ではなく、自分のエゴを守るための行動に走ってしまうと、その組織はあらぬ方向に進んでしまい混迷を深めることになる。

あー、やだやだ。

選択肢が枯れることはないと感じている

最近、企業を運営する社長の視点で、物事を見る癖が身についてきた。

その中で、企業を運営するのは別に難しいことなのではないのではないかと思えてくるから不思議である。

世の中に氾濫する情報から、さまざまな企業のさまざまな問題点が見え隠れすると、その解決策の選択肢が頭に浮かんでくるのである。

はたしてそれが正解かどうかはわからない。しかしながら、今どんな企業でどんな問題に直面しても、選択肢がなく、頭を抱えるだけになってしまう状況になることだけは無いのではないかと感じている。

しばしば、「どうしてよいかわからない」という状態に悩んでいたころの自分から見ればたいした成長である。

組織をつくるも、壊すも人次第

何のために企業が運営されているのかわからない錯覚に陥ることがある。

利益を追求するはずの企業が、経済合理性が無いと思われる決定を下したときなど。

その裏には、個人のエゴや、思い込み、虚栄心や間違った価値観など、さまざまなものが潜んでいる。

さらに不思議なのは、その問題をかなり正確に多くの人が捉えていても、それが表立って議論されることは無く、解決される可能性が全く見えそうに無いこと。

人が集まることによって出来ることがる反面、人が集まることによって効率が悪くなることもある。

マネジメントという仕事が重要である理由がそこにある。