昭和3年から90年続いた近所のそば屋

近所のそば屋が閉店した。
最寄りの駅への道沿い(住宅地の真ん中)にあるので、日常的に前を通っていたが、創業が昭和3年で90年の歴史があったとは知らなかった。

子供のころ、大晦日の年越しそばをここからとるのがしばらくの間習慣になっていて、わくわくと毎年楽しみにしていた思い出がある。
ところが最近はその大晦日の出前を取ることもなくなり、家庭でそばをゆでて年越しをする習慣になって久しかった。

数日前、同居している母とそのそば屋の閉店の話になった折、
「毎年、あそこからとる年越しそばが楽しみだった」という、自分と全く同じ想いがあったことを知った。
それならばなぜ大晦日に出前を取らなくなったか質問したところ、

「ある年突然、大晦日の容器が使い捨てになった。それから、何となく取らなくなった」とのことだった。

大きな価値を提供し続けて、その店に対するロイヤリティが高かった顧客が、たった一度の意に沿わない経験によって、その後2度とリピートしなかったという話だ。良い思い出をずっと胸に抱き続けていたにも関わらず。

宅配飲食に関わる人間としては恐ろしい話だ。
自らが関わる店舗では、そのような不幸が起こらないよう、心して取り組まないといけないと思い知らされた出来事だった。

ちなみに、閉店理由は経営者のご高齢によるもので商売が立ち行かなくなったからではないと思う。念のため。

八釜屋 商標登録

八釜屋商標登録
無事、商標登録の許可がおりました。1月に申請をしていたので審査期間8か月ですね。
当然、許可が下りる可能性が高いことを予想して選んでいたのですが、万一のこともあるのでほっとしました。
ちなみに10年間分登録までの費用は20万円でした。ご参考まで。

商品の品質を維持するということ

先日、八釜屋の秋メニューをリリースしました。

その過程で、ある加盟店さんからレシピについてのフィードバックがありました。
「鱧と松茸釜飯試作しました。上品な味で美味です。松茸も存在感が有りました。私個人的には、鱧、松茸栗、うずら卵だけなので錦糸卵は多目に入れた方が良い気がします。(甘みがあるので)」

こういう加盟店さんからのご意見が品質を高めていきます。
ここであえてなのですが、錦糸卵を増やす調理マニュアルの修正はするのはやめておこうと思っています。

各加盟店さんが、現場で美味しくするために神経を研ぎ澄ましておいて頂きたいからです。
常々、感じていたのですが、売上が安定している店舗のオーナーさんは、お客様にとっての商品品質を維持するために、臨機応変な対応をしていることを多く感じるのです。
「かに爪が小さかったから、かに棒一本追加してバランスとっておいたよ」とか、
「ホタテが小さめだったので、2個入れたよ」とかです。

ほんのちょっとの原価をけちってお客様をがっかりさせるより、臨機応変に満足度の高い商品を出し続けたほうが事業としてはうまくいく気がします。
そんな視点で、調理・盛り込みに注意を怠らないことは非常に重要だと思います。

1年で潰した飲食店

思い出の棚卸し

1年でつぶしたベトナム料理店アンナン。東京都世田谷区奥沢だった。資金繰りも、人間関係も、何もかも最高に辛い経験だった。トラウマでずっと思いだしたくなかったけれど、ようやく今後のために向き合う気になった。

全く利益は出なかったが、喜んで何度も来てくれるお客様も居たし、今まだお店が残っていたとしたら自分でもお金を出して食べに行きたいと思える店にまでできたので失ったものばかりではない。

むしろ、鍋が振れるようになったのも、メニュー開発ができるようになったのも、資金不足で自分がキッチンに入らざるを得なかった結果だが、それが無ければ今の仕事はできていない。飲食業界でのキャリアの原点であり、自分の人生の不可欠な経験ではある。

ただし、今この記事を書いているとあの時がよみがえって、胸は苦しい。乗り越えよう、と思う。

自助努力してくれないと、サポートしようがない

コンサルティング、トレーニング、パーソナルコーチ、いろんな形で、人のサポートをすることがある。

その時、共通して思うのがこれ、
「自助努力をサポートすることしかできない」
ということ。

自分で前向きの推進力を持ってくれれば、
大抵どんな切り口でも、最適な方法を提案できる。
しかしながら、
「改善したいけど、自分が変わったり、努力したり、はできないんです。
でも、今の状況は嫌なので、抜け出す良い方法を教えてください。」
っていうタイプが実は結構多い。

当然、みんなこんな言い方はしない。
けれども、行動や、マインドは、こういうことだったりする。

こんな時、
「魔法ではないので、知恵の部分の提案できるけど、一定量の汗をかくことは必要。
体力つけたいけど、走り込みは嫌なんです、って言われてもサポートしようがない。」
と思う。

結局、いろんなノウハウがあるので、それを使って助けてあげたいと思っても、
実は、自分ができることなど限られてりうのだなぁ、という、自分の限界についてのコメントでした。

「明確な投資意識を持つ」ということ

Windows95が出たときだから、1995年ごろ、シャープの「メビウス」を買った。
20万円ぐらいだったので、その時の自分にとっては、結構な金額だったと思う。

「今後はパソコンスキルが必須になる」と考えたからだが、
明確な投資意識を持った最初の経験だ。

結果、現在の僕のPCスキルは、とりあえず一般企業レベルでは十分に通用するレベルだし、人によっては「すごい」といってくれる程度にはなっているので、僕の仕事に非常に役立ってくれている。
つまり、大きなリターンを生んでくれた。

その後、同じように、
ビジネススクールへの投資や、仕事をいかに効率よく行うかに対する投資(機器、ソフトウエアなど)も、
大きなリターンを生んでいる。

こういう経験を積み重ねていると、
自分への投資は必ずリターンが得られるという、信念が出来上がってきたりする。
今も、いろんなことに投資をし続けているが、
これらが近い将来、大きなリターンを生んでくれると確信しているので、
実現したときのことを思うと楽しみだ。

世の中への恩返し

図らずして、久しぶりにブログを開いてから3日目。
実は、ここに書きたいことがかなり自分の中に蓄積されていることに気付かされた。

ブログから離れていた、月日がかなりあった。
途中、思い出したようにいくつか記事を書いているが、本当の意味で気持ちが近づいていることはなかった。
なぜか?困難と苦悩に苛まれていたからだ。

起業してようやく第5期に入ったが、当初の3年は様々あって相当きつかった。
どうやって会社を清算するか?ということを一生懸命考えてたこともある。
一番の困難を過ぎた後も、そのころのことに目を向けるのはストレス以外の何物でもなかった。
完全にトラウマになっていた。

ようやく、きつかったころのことに意識を向けても、一時あったように、胸を締め付けられる思いをしなくて済むようになった自分に気が付く。「乗り越えた」のかな、と思う。

今、将来性とやりがいのあるビジネスを立ち上げている最中だ。
やることは山積みだが、楽しくて仕方がない。
この仕事に出会えたのも、幸運としか言いようがない偶然が重なった結果だ。

与えられたこの幸運を活かして、より多くの幸運を世の中に返していきたい。

顧客対応に必要なマインド

最近、人に教える機会があり、考えた末に思い当たった観点がある。

「感謝」、「敬意」、「楽しんでいること」。

接客するときに、自分が相手に対して持っているべき心構えだ。

思い起こせば、ずっと無意識にやってきたことだが、言葉として顕在化させるには至ってなかった。
しかしながら、こうして改めて見てみると、相当納得感(前述)がある。

出会えた縁に感謝、人として相手に敬意を払い、自分が仕事を楽しむ。

人間は、社会性のある生き物なので、この3つを持って接すれば、コニュニケーションの満足度が高められる。そして、キチンと仕事ができる人なら、これらを持って人と接すると、同じものが、たいてい相手から帰ってくる。

違う見方をすると、帰ってこない相手とは取引してないことに気が付く。
どこかで、見切っているのだ。つまり、No dealオプション(前述)。
具体的には、過度に上から目線だったり、隙をみてはズルしようとしたり、などは当たり前だが、
「共振してくれない人」という言い方もあるかもしれない。

「嫌な客でも食いついていくんだ」というスタイルも、一つの正解。
でも、今、自分は「最低限分かり合える人に、できるだけ多くの価値を与えたい」
というスタイルで仕事をしているので、

「感謝」、「敬意」、「楽しむこと」

を忘れずに接客していこうと思う。

鳥肌がたった

今日、ちょっとしたきっかけでこのブログの一番目の記事を久しぶりに見た。起業に向けての初心表明で、そのきっかけになった本を紹介していた。その記事を改めて読んで、すごい偶然があったことに「今」気が付いた。

起業して、結局11か月間で閉店してしまうことになるレストランを、四苦八苦しながら経営していた時のこと。よく来られるお客様に会計の時、レジで声を掛けて頂いた。
「グロービスの、、、」
自分が通ったビジネススクールの名前だが、場違いなのと、予想外なのとで、全く反応できなかった。

ようやく気を取り直して「はい、私ですが、、」というと、
「私、渡辺パコです。」と第一番目のブログで名前を出した本の著者の名前が返ってきた。

「は?」

話を聞くと、
パコさんが、僕とグロービスでクラスメートだった野元さん(よくこんな人が仲良く付き合ってくれたと思えるほど立派な人)と話をしていた時に、
パコさんが住んでいる街の話になり、僕が開店したレストランのことを知っていた野本さんがうちのレストランの名前を出してくれて、
すでに何回も来店していただいていたパコさんが「えー、よく行ってるよ。美味しいよ。」という話になり、
僕に声を掛けてくれることになったとのこと。

その方はビジネス書のある分野でとても有名。もちろん著作を何冊も持っていたので、あの時は只々、その方がお得意さんの一人だったこと、そして、直接話ができたことを喜んでいただけだった。

ところが、さっき第一回のブログにその方の名前を見つけたとき、背中に電気が走って、鳥肌が立った。持っている本は数あれど、起業に向けての具体的なアクションのきっかけを作ってくれた本の著者が、知らないうちに店に来ていただけでなく、友人経由とはいえつながっており、声までかけてくれていたという偶然、、、。

やはり、僕のやっていることにはあのときから順風が吹いていたんだ、という勝手な想いを強めることになった。

その時の記事 → ブログ開始

経験曲線

「経験曲線」という概念がある。
ざっくり
経験が増えれば、コストは下がってくるということ。
逆に見ると、経験が少ない初期開発などは多大なコストがかかるということだ。

何も、工業製品に限らず、社内の仕組み作りなどまさにこの言葉には痛烈に意識させられることが多い。

一旦完成。
うまく働かず、修正。
稼動。
再稼動、改善要望、修正。
稼動。
初期条件変更、修正。
稼動、、、、。
の繰り返しを必ずやることになる。

新しいものを生み出すには相当のコストが必要。
だから何でも、すぐに飛びつくのではなく、まず、既存のシステムのマイナーチェンジで対応できないかを検討すべきだ、ということ。